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も ブログ

お料理初心者の大学生

SNSをやめた

雑談

このブログを始めたのは、自分の好みのレシピなどをメモするためというのもあるのだけれど、SNSに疲れてしまったからというのもある。

 

この投稿の前日、わたしはほとんどすべてのSNSのデータを消去もしくは非公開にした。

いくつか持っていたツイッターのアカウントも一部ツイートを全消しして残しているがほとんどは消した。インスタグラムも写真を全て消した。Facebookはすべての項目を非表示にした。

わたしはSNSにおける「私生活充実度アピール戦争」の敗者だ。

 

そもそも、人はなぜSNSをするのか?

 

理由① 自慢

90%ぐらいの10〜20代女性のアカウント(特にリア垢と呼ばれるものやFacebookなど、実際の友人知人と繋がっているもの)はこの「自慢」のために存在していると推測している。

そしてその「自慢」こそが「女子力」の真骨頂であり、逆に言えばどんなにスムージーを飲もうとSNSにアップして他人に見せつけないことには女子力は加点されないのではないか?と思った。

思い出の記録、などと言えば聞こえはいいが、ではそういう人はフォロー0フォロワー0でも写真を淡々と載せ続けるのか?それメモ帳じゃダメなの?UI的な観点?

 

理由② ペルソナの生成

これはつまり上の話とリンクするけれど、自分の日常における「自慢」ばかりを切り取って自分の個的性質とは異なったオシャレ人格という仮面を作り上げているのではないか。

そしてこういうことをすると往往にして優先順位が逆転する。つまりオシャレペルソナの演出に必死になり本意ではない行動をしてしまう。もともとは楽しかったこと→SNSにアップするという順序だったがSNSにアップしたいが為に何かを行うという順序に取って代わられている人を多く見た。

それを導く典型的なワードが「インスタ映えする」「SNSに載せたくなる」などである。(SNS敗者としては、インスタ映えしたらナンヤネン好きなものを食べろやと思ってしまう)

ネットリア充などという言葉も聞いたことがある(ネットでリア充を装う人のこと)。もうここまできたら人格がSNSに食われていると言っても過言ではない。自己本位の対義語かSNS本位になってしまう。

 

理由③ 宣伝

拡散性の高さはSNSの特筆すべきポイント。

 

 

偉そうにこんなことを言っているけれど、かく言うわたしもつい最近まではそのSNS自慢戦争に勇んで参戦していた。

「旅行に行ったら、なるべくかっこよくて人が写っていない風景の写真をポンと投稿する」ことで「旅行に行き美味しいものを食べて充実した生活を送っている自分」を演出し自意識を保っていたしそれがかっこいいと思っていた。

そして誰かにコメントをもらったり、イイネをもらえることを喜んでいたと思う。

まさしく承認欲求の権化だったし自信がなかった。誰かに羨ましがられたいという感情に急き立てられてSNSにかじりついていた気がする。

逆に誰かの楽しそうな投稿を見るたびに羨ましいと感じたし自分はなんて充実してないんだろうと感じた。そして対抗するように旅行や料理の写真を載せ、「今日は◯◯と遊んで楽しかった😆」みたいな投稿をしたと思う。今思えばSNSはこの繰り返しでしかなかった。

楽しかったことを投稿し、他人に見せつけることで初めてそれは楽しかったこととして処理されたような感じがした。

自分が楽しければ、美味しいと思えばそれでいいはずなのになぜか常に闘争心がメラメラだった。人間はいつの時代も戦わないと生きていけないのか。

そしてわたしの投稿を見た誰かもきっと同じように思い同じような思いで投稿していたんだろう。拗らせた自意識の悪循環。自分の自慢投稿が巡り巡って自分の劣等感につながっていたということ。

 

まあ、なのでわたしがSNSを批判する権利はまったくないし、こんなことを言った後に言うのもあれだが批判するつもりもない。ただ自分がどうしてSNSに固執していたのか気になってしまっただけで。

 

そしてわたしはこの肥大した自意識の無限ループから抜け出したかったのでSNSを大方やめることにした。

他人の評価軸に依存し他人の目線を常に気にし、個的性格と全く異なったペルソナにせっせと餌をやりながら生活することにとても疲れてしまって、それならいっそSNSはやめた方がいいと感じたのだ。

仕事や学校の関係などがあって完全にすべてのアカウントを消去することはできないので、一旦はSNS見学者のポジションに立ってみることにした。逆に見学することで見えてくるものもあるかもしれないし、もしかしたらまた始めたくなるかもしれない。今後のことはわからないけれどとにかく最低でも3ヶ月から半年程度は見学する予定である。

私の世代は、物心ついた時にはすでにインターネットが存在してて、中学生の頃にはもうミクシィで近況を載せまくっていた。つまり友人の近況はだいたいSNSに載ってるだろうと思う世代なのだ。その中でアカウントこそ残しているものの何もアクションを起こさないとほとんど消息不明に近いようになってしまうかもしれないけれど、まあそれはそれで良い。

私生活を知られること、顔写真を見られることなどに最近ひどく抵抗感があるのでそのボヤッとしたぐらいがちょうどいい気がする。

 

今はとにかく、どうなることやら楽しみだなあと感じている。